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3億円ブログ

ブログを読む

松本時代、ユーチューブ始動!!

 

 

■■■■■■■■■■ご報告■■■■■■■■■■

 

この度、ユーチューブチャンネルを始めることにしました!!

 

パチパチパチパチ!!!!

チャンネル名はその名も

『松本時代の時代事務所』

 

オープニング動画なんかも作っちゃったりして、開始早々ブチ上がること必至の内容になっているので騙されたと思って1回覗きに来てくれぃ!!!!

 

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それにしても

気づけば丸3年も放ったらかしにしてしまっていたこの 3億円ブログ。

365×3=1095

い、1095日だと、、、?

ズボラな自分を殴り倒して、2頭の馬に両足を紐でくくり付けてリーバイスしてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(リーバイス)

 

 

この3年

 

2018〜2021年は、実に色んなことがあった。

まず一番は海外での写真作品制作を本格化させたことを挙げたい。興味の赴くままに一人で19カ国ほど回って、知らなかった価値観や文化に触れる機会を自分に設けた。中でもバングラデシュでの作品制作には1年半という長い期間を費やした。1つの作品を完成させるまでに1年以上もかけるなんてことは自身初めての経験だったし、それだけの時間をかけたことで、ようやく作品に説得力が生まれたように思う。間違いなくこれまで作った中で最高傑作だ。その作品は、2021年の年末か2022年にようやく発表できる予定なので、偶然でもこのブログを見てくれている人はどうか楽しみに待っていてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目に、2年半前に始めたバンドのことを。

そもそも自分には写真家が自分に一番向いていると思っているから18歳から写真を軸に活動を続けているのだが、それだけでは表現しきれない、両手からこぼれ落ちていく感情をどうにか消化できないものかと考えた結果 辿り着いたのがバンド活動だった。人前に立って、自分が普段思っていることを曲にして絶叫する。これほどまでにストレートで純粋な表現方法は他にないだろう。

(僕は現在に至るまでによしもと所属のお笑い芸人として活動していた過去や、小説を書いていたことなどからも分かるように、表現活動全般が好きなのだと思う)

それに、1から曲を作って、メンバーを集めて、練習をして、ライブをして、プロモーションをして、レコーディングをして、リリースをして、、、という一つ一つのプロセスを経て完成させていく『バンド』という、決して一夜漬けでは完成し得ない運命共同体を経験することにもずっと興味があった。

ただ、僕は音楽の道一本で日々切磋琢磨して頑張っている友人をたくさん知っているから、彼らの大切なフィールドで自分が適当にやっている姿を見せるのはあまりにも失礼だ、と、バンドを始めるにあたっての準備として下手くそながらも必死こいて1年で200曲ほど作った。そして僕の考えに賛同してくれて集まったメンバーと毎週同じ時間に集まってたくさんたくさん練習をして、、、そうして出来上がったうちの何曲かは、4人の力を合わせることで自分一人では到底届かなかったところまで到達することができたと思う。

 

 

僕を信じてついてきてくれたメンバー。だけど、もちろんバンドは各々違う考えを持った人間の集まりで、それぞれの熱量は決して同じではない。互いの温度差がだんだんとずれ始めたのはいつからだろう。もしかしたら最初の一つ目からボタンをかけ違えていたのかもしれないが。。その結果今年2021年の3月をもってサイドギターとドラムが脱退することになり、やむなく述べ2年続けたバンド活動を止めることになった。思えば、僕は知らないうちに僕と同じ努力を彼らに強いていたのかもしれない。それは、何かを表現することには責任が伴うってことを、僕は成功こそしていないが痛いくらい知っているからだ。

いくつか、幸運にも僕らに興味を持ってくれていた関係者がいたりして今止まるのは非常に残念だが、僕が見ているビジョンをしっかりと彼らに伝えることができなかった自分に責任があると思う。メンバーが付いてこれなかったんだと、彼らを批判するつもりは全くない。

「何かでっかいことを一緒にしようぜ!」

そんな簡単なことを共有することすらままならないなんて、バンドは、始めるのは簡単なのに続けるのはなんて難しいんだろう。

ただ、まだ諦めたわけじゃない。僕はやると言ったらやる男。

機を待って、またいつか誰かと共に大きな声で叫ぶ日が来ることを望んで、今はしばしのお別れだ。

 

・・・・・

 

そろそろ自分の人生を変えてやろうと全財産100万円をかけて写真作品を制作し挑んだコンテストで見事にすっ転んで全財産失ったのもこの3年の内だ。コンテストに破れた115個の写真作品は今も六畳一間の自宅の押し入れを圧迫している。いつかそれら全てを焼き捨てて、その炎でバーベキューでもしてやろう。100万円のバーベキューは一体どんな味がするのか楽しみだ。泣きながら食ってやる。

 

流れ星が流れて、でっかいジャンボジェット機が星を追うように頭上を飛んでいくミラクルな光景を見た日に、なけなしの金で買った2020年の年末ジャンボ宝くじ3万円分はしっかり外れていた。まったく、パチンコの確変前の演出みたいなことしやがって、すっかりその気になっちまったじゃねーか。2度と買わねー。

 

長い間世話になっていた仕事先がコロナウィルスの影響で潰れたのは今年の4月。なんとかなるでしょ精神の楽観的な僕なのでメンタルは全くもって大丈夫だが、周りの仲間にはたくさん心配をかけたと思う。今は別の職にありついて、のほほんと暮らしているから安心してくれ。

 

3年

 

そして、今回のユーチューブ始動である。

自分のチャンネルさえあれば、写真もバンドも小説もお笑いも、これはこれ、あれはあれ、とジャンルで分けることなく発信できる。つまりユーチューブという新しいジャンルを始めた、というより自分がこれまで、そしてこれからやっていく活動を一つにまとめる、そういった感覚でユーチューブを始めることにしたのだ。

ただ、知ってもらえない限り閉鎖的で自己満足な空間になり得る、ということを懸念しておかなければならない。知らねー奴の知らねー挑戦になんて誰も興味がないからだ。そういった意味で間口を広げるために、サムネイルをポップに作ったり、動画内では難しい言葉は極力使わないよう心がけたりと、まだまだ研究とブラッシュアップを重ねる必要がありそうだ。

ユーチューブはあくまでホームだ。

格闘家、朝倉未来のユーチューブチャンネル

プロフィジーク選手JINのユーチューブチャンネル

みたいに

写真家、松本時代のユーチューブチャンネルである。

だからこそ、ユーチューブを知ってもらうことよりも前にまず第一として、自分が軸としてずっと続けていることを、もっともっと上のレベルで活動していけるように改めて気を引き締め、その結果ユーチューブが僕の(そしてみんなが集まれる)ホームになればいいなと思っている。

というわけで、これからもまだまだ諦めず色々と挑戦していく所存であるので、どうぞみなさんよろしく!!!!

 

 

 

次の更新が3年後でないことを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年 6月29日 松本時代

 

 

 

 

 

第46回 雪にまつわるエトセトラ、の巻

 

 

ようやく雪が止んだでごんすなー。(久しぶりの更新で語尾がなんだったか思い出せない)僕のマンションの前も20cmは軽く積もっていたでごんすが、なんとか無理やり自転車で職場に向かおうとした結果、案の定盛大にずっこけて悶絶したでごんすよー。そんな日に限って着ていたのはお気に入りのフリースジャケットで、破れた左肘を見た瞬間涙が溢れたでごんすよ。。。

 

 

 

 

 

 

思えば3年前の、今ぐらいの時期に東京は大雪で、深夜に当時好きだった女の子が新宿で電車が止まって動かず帰宅難民になってるってラインをもらって、ここであの子を新宿まで助けに行ったらヒーローじゃん!って思った瞬間家を飛び出して、大雪が降る中、大量のホッカイロをコンビニで買いこんで新宿駅まで走って向かったもんさ。(僕の最寄りの路線も止まっていたから新宿駅まで行く手段が自分の足しかなかった)

シャバシャバの雪の中、スニーカーをぐちょぐちょに濡らしながら1時間かけて新宿駅まで走って、息を切らせたままラインしたさ。あぁしたさ。

 

「○○ちゃん、お待たせ!今どこ?」

 

そしたら

 

「あ、5分くらい前に電車動き出しましたー!」

「・・・」

 

新宿駅には、ホッカイロを持った僕だけだったってわけさ。

 

・・・なんだかなー、僕ってばこういう星の下に生まれたんだろーなー。こんなのばっかり。

大雪の中、一人ぼっちの甲州街道は車すら1台も走っていなくて、鼻水垂らしながら大声でエレファントカシマシの「さらば青春」を歌って帰ったのを覚えてる。

懐かしいなー。

だけど、もしも3年前のあの雪の日に戻れたとしても、あの子がいない新宿まで僕は走って迎えに行くぜ。

何も大成していない僕から一生懸命を取り上げたら何にも残らないのだから!!!

 

よっしゃー、今年もよろしく!!!!

 

 

 

第45回 初めての1人旅! の巻

 

今年はじめのスペイン、モロッコ旅に引き続き、今回は3週間ほどインドへ行ってきました。

デリー→ゴア→ハンピ→ハイデラバード→バラナシ→デリー
というふうに反時計回りにぐるっと、ローカルバスやオートリクシャー、スリーパーバス、寝台特急、国内線を乗り継いでの貧乏一人旅でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹が減ったら屋台で20ルピー(34円)のカレーを現地の人と一緒に食べて、歩き疲れたら5ルピー(8.5円)のチャイを飲む。飽きたら次の街までの夜行バスや寝台特急を予約してその日のうちに移動する。今日泊まる宿も、明日行く街も、全て自分一人の思いのままにできる喜び。すばらA!(すばらCより2つ上)

失敗も含めて、ほんとに全てが驚きと発見の連続でむちゃくちゃ楽しい3週間でした。だってさ、100人ぐらいしか住んでいない南の村じゃさ、人の心も暖かすぎて、僕が乗るバスが見えなくなるまでみんな手を振ってくれてるんだよ? 泣くって。愛さずにはいられないって。そんな暖かい人に感謝の気持ちを伝えたいから、英語での会話力もぐんぐん伸びるし。あー、思い出しても泣けてくる。。来年もまた行こう。。

光客も全然いないオフシーズンにこんなすばらAな旅ができたのはこれはもう、34歳にもなって写真家だなんだとその実はフラフラとフリーターやってるのと変わらないボンクラの特権みたいなもんで、誉められたもんじゃないけど、これはこれで毎日イライラしながらストレスを溜め込んで爆発寸前のサラリーマンと比べて、どっちが幸せなんだろうと真剣に考えちゃうよね。

 

遠く離れた国の夕暮れ。でこぼこの舗装されていないあぜ道を歩きながら、愛する家族の事や親友の事を思い出し、ふわっと思ったことがある。

 

『僕は幸せ者だ』

 

きっと僕は幸せ。確証はないけど。

 

それだけでいいじゃんね。

 

 

 

 

第44回 松本時代の自撮り術、の巻

 

さてさて、相も変わらずやっております。インスタグラムで毎日投稿の自撮りシリーズ。

よくもまぁ2年以上も毎日毎日続けたもんです。

作った総数はなんと

2万枚

を超えました!パチパチパチ。

最初は、ギャルが毎日SNSにアップしている自撮り写真のように、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こういうの)

 

SNS上で、自分を本来の自分より『盛って』アップする写真に影響を受けて、自分も自分を盛った写真を毎日アップしていこうと漠然と始めたものが、毎日毎日多いときで1日500枚くらい撮っていると、どんどん写真は進化していって、、、、

 

最初は

 

 

 

 

 

 

 

 

これくらいだったのが

 

 

2年間毎日続けた結果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今や自分の原型がなくなるまで進化しました 笑

 

色んな画像をコラージュして1枚にする形に進化していった経緯としては、自撮り写真を撮る時にどうしても発生してしまう「そもそも自分はモデルとして優れた被写体ではない」という問題を埋めるためのもので、極端に言えば、例えば僕がつんく♂さんが大好きだとして、つんく♂さんっぽく自分を撮ったって、自分という素材が優れていなければ、どう頑張ってもつんつくさんにしかならないでしょう。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

(つんつく)

 

せっかく本当の自分を飛び越えて、SNSで理想の自分になるのだからそれが、誰かの劣化版のものまねであってはいけないのです(つんつくさんを批判しているわけではない)

本物じゃないと!

カート・コバーンみたいになりたいなら、カート・コバーンと同じ髪型にしてモヘアのカーディガンを着て満足するのではなく、カート・コバーンのアティチュード(精神的概念、信念)を読み取らないと!

だから自分をモデルにして撮影するにあたり、自分の理想に近づけるためには

「自分に足りていないパーツを、何か別のパーツで補填する必要があった」

というわけで

それが、色んな画像をコラージュする形につながったわけです。

 

 

と、まぁなんだか小難しい話になりましたが

2年間も続けたおかげで、写真に触れる機会が増えたぶん、以前より写真技術が上達したように思います。それだけでもこれをやっている価値があった。やっぱり、続けることって大事だ。

 

というわけで自撮りシリーズもまだまだ続けていきますので

引き続き応援よろしくお願いします。

 

 

 

第43回 社長、久しぶりにブログを更新する!の巻

 

 

前回の更新から実に

1年半

も、更新をご無沙汰していたこちらの3億円ブログ。今回ホームページのリニューアルに伴って、毎日とは言わずとも、もう少し更新の頻度を上げなければ!と重い腰をヨッコイショした次第で候。

1年半。

こんだけ空いていればそれなりに色々あった。

地球で一番可愛いと噂される僕の姪っ子もずいぶん成長した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大いなるパワーには大いなる責任が伴うってスパイダーマンでベンおじさんは言っていたけど、時代叔父さんもほんとそう思う。彼女はとてつもなく可愛いって才能を持って産まれてきてしまった。

彼女がこの先、中学生くらいになった時、飲みかけのペットボトルを「飲む?」って渡したならば童貞男子レベルなら『か、間接キッスゥ!!』という衝撃に耐えられずに口をつける前に跡形もなく弾け飛ぶだろうし、逆に彼女を振り向かせようとして童貞が放ったギャグに、彼女が何気なく口をついた「なにそれ、つまんな〜い」はギガデイン級のトラウマを童貞に与え、その哀れな童貞は一族末代に至るまで一生まともな恋愛のできない体になってしまうだろう。そればかりか彼女が放つ、たった1度のクシャミで彼女から飛散した唾液の結晶は下手したらそれ自体がビッグバン。つまり宇宙を形成しかねない。アニメ『まどかマギカ』で最後に主人公まどかがそうであったように彼女自体が物理的構造から「概念」になりかねない。・・・と、ここまで書いて叔父さん自分が何を言いたいのかよく分からなくなってきたよ。

つまりなんだ、彼女がこんなに可愛くすくすくと育ってくれた時間の分だけ彼女の叔父さん、つまり僕、松本時代はブログの更新をサボったのだと考えると自分のズボラ加減に吐き気がするってこと!

こんなんじゃ姪っ子に嫌われちゃう!

「叔父さん、嫌ぁ〜い!」

 

 

いやだ、嫌われないでくれ!!!

 

 

 

 

 

第42回 情熱で突破した男、の巻

 

 

あるところに一人の芸人がいました。

裸にテンガロンハット、ブリーフ一丁という奇天烈な出立ちで、わけのわからないことを叫ぶだけの芸風にほとんどの人がこう吐き捨てました。

『あんなものはテンションだけのキワモノ芸だ』

それでも彼は諦めませんでした。なぜならお笑いが好きだったから。

二十年以上! 評価されなくても、彼はずっとずっと芸人を続けました。相方が辞めても、親友と別れても、事務所を辞めても。なぜなら自分の考えた面白いことで人が笑う姿を見るのがたまらなく好きだったから。

そしてどれだけ馬鹿にされても何度も這い上がり、2016年 春、彼はついに誰もが無理だと言ったことを成し遂げました。それはまるでドラマ。なんと彼は日本で一番面白いピン芸人に選ばれたのです。

 

 

2年前の秋のある日のこと。その頃、芸人を辞めるかどうか迷っていた僕はこう思いました。

(一番お笑いを愛している人の姿を見れば、何か答えが見つかるかもしれない!)

場所は中野の小劇場。あいにくの大雨に客席はパラパラ。一番後ろの席についた僕。

暗転。出囃子。テンガロンハットブリーフ一丁といういつもの格好で「ぶっ殺す!!!!」なんて、またわけの分からないことを言いながら彼は登場しました。

 

ギャハハハハハ!!!!!!!!!!

 

ふと周りを見渡すと、みんな腹を抱えて笑ってました。うんことかちんことか酔っぱらいとか、街のヤバいおじさんのモノマネとか、下品極まりないネタばかり。だけどお客さんみんながよじれるように体を動かし、ヒーヒー言いながら心の底から笑ってました。これまで色んなお笑いライブを見てきた中で、ここまで一人一人が涙を流して笑っている姿を見たことがあっただろうか。。

毎日を窮屈に生きる人たちの発散、代弁、救済・・・それは笑うこと。

そして僕は気付きます。「笑い」って単純でいいんだってことに。

・・・

終演の挨拶。ステージに上がったスタッフたちに囲まれて、彼はまだギャグを続けます。

時計を見るともうとっくに終演時間は過ぎていて、それでも何度も何度も彼はギャグをやり続けます。

司会進行の芸人さんが言いました。「雨の中、こんなにお客さんが集まってくれてこの人、嬉しくて帰りたくないんだね」

彼はその芸人さんの言葉に返事もせずに、ギャグを、ギャグを、ギャグを!!!!!!!

 

僕は逃げるように劇場をあとにしました。中野ブロードウェイのアーケードの中をバイク置き場まで走りながらひとつのモヤモヤが僕を包みます。

(僕は彼ほど笑いが好きだろうか?)

ブンブンと首を振ってモヤモヤをかき消して、すっかり雨の上がった環状七号線をバイクをぶっ飛ばして家に帰ったことを覚えています。

・・・

それから2年経ち、現在。

誰よりもお笑いを愛する男が、今年日本で一番面白い芸人に選ばれました。

テレビで彼が優勝する姿を見て、涙がこぼれました。

 

 

 

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ハリウッドザコシショウさん!!!

面識はありません。だけど、僕もかつては同じ事務所でお笑い芸人の端くれだった男。同じ、とは、とてもとても言えませんが、せめて当事者だった身として心の底からお祝い申し上げます。

もしも「なんでハリウッドザコシショウのネタ見て感動すんねん」なんてヤジを飛ばす奴がいたら僕はそいつを許しません。

カッコイイってのはこういうことを言うんだよ。テメーわかってんのかコラ。

 

さて、全ての芸人よ。

この人がついに日本一になってしまったぞ。優勝から一番遠い所にいた人が情熱で優勝してしまった。

 

もう一度言う。

情熱で優勝したんだ!

 

もう小細工は何一つ通用しない!!

 

僕も全てに溶けるほどの情熱をもって頑張っていかないと。

 

 

 

感動をありがとうございました。

 

 

 

 

第41回 R1ぐらんぷり2016 2回戦大阪の巻

 

その日は朝からどこかいつもと違っていた。

めずらしく目覚ましをセットした時間の10分前にパッチリと目が覚め、もはや毎日の習慣と化している頭痛からくる吐き気がまったくなかった。いつも寝る前にどこに置いたのか忘れて途方にくれるド近眼の眼鏡も布団の中から手を伸ばした先のコーヒーテーブルの上でなんなく見つかった。大阪に向かうため朝早く乗った東海道新幹線は運良く右側の窓際の席が1席だけ空いていて、車窓からは雪化粧の富士山。晴天。I podで再生をシャッフルにして最初に流れ出したのは、かつて寝床を共にした朋友、毛皮のマリーズの1stアルバム『戦争をしよう』より「YOUNG LOOSER」。(君は間違っていないと、無知な若者のか細いアイデンティティーに呼びかける名曲だ)。車内販売で回って来た女の人は丸顔で小柄でぽっちゃりした女の子。僕のドストレートだ。ケチな僕がコーヒーを買った。苦いから嫌いなはずのコー ヒーは、ただの食わず嫌いだったのか案外いけた。出番前に梅田駅付近の工事現場?に忍び込んでマックスの声量で練習していたら近隣の住人に警察に通報されてあわや出場することすら危ぶまれたが、事情を説明するために僕がこれから本番で使う『40秒で世界一周』と書かれたフリップボードを見て警察官のおっさんが数秒止まったあとに「・・・深いな」という言葉が滑り出たのを聞いて、完全に時は来た!と僕は悟った。

これ完全に確率変動前の過剰なリーチ演出やん!ドデカい大当たりが、間近に迫っている!

もしかしたら僕今回R1・・・優勝するんちゃうの?

するんちゃうの? するかも するはず いや、する! するに決まってる!

やっと、時代が来たのだ!8年もがいてようやく来た!時代が!いや、ジェダイが!!!

そうなるともう出番が待ち遠しくて待ち遠しくて、早くオレを板の上に出させろと心が踊って押さえきれない。

出囃子が鳴ったと同時に右足でおもいきり地面に蹴って僕はステージに飛び出した!

「松本時代です!!!コントーーー!!」

 

結果・・・惨敗。

 

時は全く来ていなかった。

 

あっはっは。

 

あーはっはっはっは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

また負けた。9年闘って9回とも負けた。

言い訳はゼロ。全力を出し切った、そしてボロクソに負けた。

2008年 1回戦敗退

2009年 1回戦敗退

2010年 2回戦敗退

2011年 2回戦敗退

2012年 準々決勝(3回戦)敗退

2013年 1回戦敗退

2014年 1回戦敗退

2015年 2回戦敗退

2016年 2回戦敗退

 

・・・もう・・どうすっかな・・・

 

ふさぎ込みそうになった時、いつも僕は頭の中で何度もこの言葉を繰り返します。

 

ccc

 

 

 

 

 

 

これ、どんな時でも前向きになれるむちゃくちゃすごいギャグだと思ってるんですけど、そう思っているのは僕だけでしょうか。

 

 

第39回 年の瀬に

 

もう出ることは一生無いんだろうなぁ、と思っていたのだけど、やっぱり挑戦することにしました。

R1ぐらんぷり2016。(ピン芸人の日本一を決める大会)

 

昨日もバイト帰りに早朝、カラスがカーカー鳴きながらゴミ袋をあさる渋谷センター街を自転車をふらふらと漕ぎながら

「写真、お笑い、小説、、、僕、、、色んなことに手を出して全部中途半端なまま終わってるじゃないか」

なんてふうに考えて胸が締め付けられたのだけど、それでもやっぱり挑戦しないことを選択すれば、きっともっと苦しくなるから、それなら、苦しみが少ないほうを僕は選ぶことにしました。

2008年からずっと出ているR1ぐらんぷり。戦績は

 

2008年 1回戦敗退

2009年 1回戦敗退

2010年 2回戦敗退

2011年 2回戦敗退

2013年 3回戦(準々決勝)敗退

2014年 1回戦敗退

2015年 2回戦敗退

 

くそぅ、なんてショボい戦績なんだ。これでよく続けたもんだ。

今大会に出るにあたって、しばらく舞台には上がっていないから1回戦負けも大いにあり得るわけで、舞台上でスベっている自分を想像して布団の中で震えています。

 

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僕は手がしわしわです。

学生時代に、暗室で使う写真プリントの薬品をずっと素手で触っていた頃から治りません。皮が伸びちゃったのかな。よくわからんけど。

でも、それだけ夢中になれたんだよ。いや、もしかしたら意地を張っていただけかもしれない。これしかないんだ、と思い込みたかったのかも。。

毎日毎日撮影して暗室で現像、プリントの繰り返し。

だって、写真が人生で初めて人に誉められたことだったんだもの。

誉められて、嬉しかった。それだけ。それだけで今に至るまで写真に関わってる。

 

「お前はおもしろい」

そう言ってくれたのは誰だっけ。忘れてしまった。でも、その時誉められたことがきっかけで僕は芸人の道の扉を開けた。

単純だと思いますか?  その通り。僕は誰よりも単純だ。

おもしろい → なら芸人しかない!って。わはは 超単純。

笑いの才能? そんなもんはこれっぽっちもねー。そんなの芸人始めた1、2年目で分かってた。僕は単純だけど馬鹿じゃないから。

「これが最後だ」 自分に言い聞かせる。

最後最後最後最後最後・・・

だから最後に、意地でも嘘でも 胸を張ってこう言ってやる。

 

 

 

僕は、おもしろい!!

 

 

 

 

 

第38回 鋲ジャンを作る理由、の巻

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ふとしたことで鋲ジャンを作ろうと思い立った。

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僕は昔からモットーにしていることがある。それは『話したいと思う人が現れたらそれがどんな人であっても直接会って話をしに行く』というものだ。直接会いたい人に会って、ダイレクトに何かを吸収したいのだ。

それが話したことのない同級生であっても知らない人でも怖い人でも、話したいと思ったら即行動。その人が著名人であったならば事務所に電話をかけてでもアポを取って会いにいくと決めている。だから今会いたい人に今会える確率が一番高い場所として僕は住む場所を東京に選んでいるのだ。…そんなことばかりしている内にこんな社会的に何の価値もない32歳のダメ人間になってしまったわけだがまぁそれはさておき、、、

最近気付いたことがある。話したい人とすぐに心と心で話せるようになるには会うだけではダメだ、ということ。まずファーストコンタクトで相手が僕に興味を持っていない。当たり前だ。相手からしたら突然会いにきた知らん兄ちゃんだ。だから、バカみたいでいい。狂っていると思われてもいい。相手が思わず「なんだお前は笑」と笑って向こうから喋りかけてくるような「きっかけ」を作るために僕は今回鋲ジャンを作ったのだ。松本時代の鋲ジャン制作つまりこれは僕の人に会いにいく際の戦闘服なのであーる。

 

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土台にしたのはストレッチの効いたブラックの襟無しGジャン

鋲のジャケットといえば革のライダースジャケットを想像する人が多いと思うがあえてGジャンを土台に選んだのはクラストコアという細分化されたパンクロックのジャンルの人たちが好んで着用するタイプのジャケットに影響を受けたからである。ありきたりでは駄目なんだ。少しそっちの知識がある人が見ても「お、分かってるねぇ〜」と頷くくらいマニアックに掘り下げなければいけない。

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シルクスクリーンインクを全体的に塗りこんでコットンに合皮っぽさを出していく。

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乾いたらお気に入りのバンドの布パッチやバッジの位置を決めて糸で縫い付けて

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絶対に必要な箇所から12ミリコニカルスタッズを打ち込んでいく。

小さめの10ミリコニカルスタッズは袖や襟などのポイントポイントで使用することでグッと本気度が増すぞ。メモしておくように。テストに出るぞ。

一列一列のバランスを見ながら慎重に打つことが大事だぞ。一気にやると後でバランスが悪いことに気付いてモーレツに後悔するぞ。

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そして

出来上がったのがこちら!

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裏はまだスタッズの爪が剥き出しで何か裏地を付けなきゃだからまだ完成とは言えないけど。

(背中にDISCHARGEのペイントも考え中)

裏地を付けるまではしばらく

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下にGジャンを重ねて着てればいいかと思ったんやけど・・・こ、、これ、めっちゃオシャレやね。ベリグー!!!!

 

 

さて、これを着て 会いたい人に会いにいこう。

 

Am I Punk Yet ?

 

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第37回 才能のない凡人のあなたがする表現、の巻

例えば君の顔がとても不細工だったとして

そんな君はとっておきの自分の写真をSNSで発信してはいけないのだろうか。自分は不細工だからと躊躇するのだろうか。

例えば君に才能がなかったとして、君は何も表現してはいけないのだろうか。

僕はそれを逆だと思う。カッコよくないから、才能がないから、表現するんだよ! 必死に抵抗して、「無いもの」を「有るもの」にしようともがくこと、それが表現であり、美しく生きる在るべき形なんだ。

「笑い」という観点で見てみよう。

例えば君が端正な顔立ちの人だったとして、そんな君は携帯のカメラで自分のキメ顔の写真を撮ってSNSにアップした。何人かの「いいね!」がもらえた。終わり。

例えば超絶ウルトラ不細工の君が、自分のキメ顔をSNSにアップした。「不細工のくせに何様?」と笑われた。同級生が「アイツの自撮りやばいよね笑」と影で噂した。「ナルシスト」と笑われた。

・・・分かるかい?

ね?、君はカッコいい奴に「話題」で勝ったんだ。

そして君がそれを365日続ければ、それはもう誰にもバカにされる筋合いなんてない立派な君の「作品」だろ?

だから、そういうふうに考えれば笑われるってのも立派な武器なんだ。イタい奴で何が悪い? けっこうなことじゃないか。

表面だけなぞってバカにする奴なんてどうせたいしたことないよ、人として。そんな奴クソじゃん。

だから

やっちま、え!

・・・

なにが言いたいのかと言えば

 

最近インスタグラムで自撮り始めました。

 

アカウントは  jedaimaster21 です。

フォロー宜しくお願いします。

 

 

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それじゃあ先に もがいておくね!