大好きな先輩ピン芸人がお笑いの世界から引退した。
引退した、と言ってもスポーツ選手のようにホールで引退試合が行われるわけでもなければ、惜しむファンから抱えきれんほどの花束を送られるわけでもない。ただ「辞めます」と自分の口から放った。売れていないお笑い芸人の最後なんてとてもとてもあっけないものだ。決意を固めてフルフルと所属事務所のドアを開けて、「辞めます」と言えば、事務所の受付の人がカタカタとデスクトップの所属タレントの欄から自分の名前をdeleteキー1タッチで消して、「お疲れさまでした」・・・ただそれだけなのだ。僕も以前はこの先輩と同じ事務所に所属していたから(現在はフリー)辞める際のあっけなさはよく知っているし、本当に驚かされた。先輩の引退理由は、僕も前回のブログでさんざジメジメと綴ったお笑いのコンテストの結果を受けてだ。結果は残酷だ。「それでも続けていれば、、、」いや、ことお笑いに関しては間違ってもその言葉は使えない。十何年もかかって売れたスギちゃんさんだってバイきんぐさんだって、世間的に売れてはいなかったけど、当時から水面下では圧倒的に評価されていたんだよ。評価されて評価されてようやく売れる人はいても、ずーーーーーーーっと評価されずに十年以上経って突然ポンっと売れる芸人なんていないよ。例外はあるだろうけどね。
姑息な僕って男は合計5年間事務所に所属して、このままお笑い「だけ」をやっていたらとんでもない失敗をする!と危機を感じて事務所を辞めて、現在はフリーの芸人という形で舞台に立ち、それまでやっていた写真やデザインの仕事も復活させたりとコソコソと動き回っている。だから純粋にお笑い「だけ」をやっていた先輩の引退までの苦悩や葛藤を100%理解してあげることはできない、というかそんな資格はないと思っている。
6年近く前だった。当時たった一つの笑いさえも取ることのできなかった僕は、いわゆる(周りの友達におもしろいって言われて調子に乗ってお笑いの世界に入ったイタい奴)の典型で、さらに人付き合いも決して得意でない僕は完全に周りから孤立していた。ある事務所ライブの日、その日も僕は周りに溶け込めずに一人で出番まで非常階段で携帯をイジっていると「変なネタばっかりやってる子だよね?僕は面白いと思うけどなぁ」突然話しかけられた。振り向くと先輩。「はぁ・・」と愛想なく返したけれど内心沸くほど嬉しかった。だって初めて知らない人から面白いって言われたのだから。いや、というか多分ね、その時は先輩も全くウケていなくて周りから変わり者扱いされていたから、同じように孤立している者同士、傷を舐め合おうと僕に話しかけたんだねきっと。それでも、ほんと嬉しかったんだ。
毎回先輩の企画ライブにも呼んでもらって、僕は本当にたくさんのこと勉強できたよ。感謝してる。
先輩と初めて話してから3年後、2012年ピン芸人のコンテストの3回戦、会場は日本で一番大きくて日本で一番有名なお笑いの劇場なんばグランド花月。1000人の観客を前にドカーン!!という大ウケを取る先輩の姿を見て涙が止まらなかったのはきっとあの会場で僕だけだったんじゃないかなぁ。めちゃくちゃカッコ良かった。そして先輩を変わり者扱いしていたバカでアホで稚拙でクソ以下のゴミ芸人どもに「ざまーみろ」と心から思ったんだ。
そんな中の引退で本当に残念だけど、少なくても僕は知っていますよ、アナタはめちゃくちゃおもしろい!それはいつか僕が証明してあげます。どういう形でかはもう決めてあるのだけど今は内緒。そのために僕は今の8億倍勉強してもっと先に進まないと、、
・・・
う〜ん、なんだか湿っぽくなってしまったなぁ。
よし、せめて、彼の美しいこれからを祈願して、大きな旗を振ってあげよう。
フレー! フレー!
↑ 先輩
フレー! フレー!