プルプル・・・と彼女の腕はふるえている。
ご飯を丼にもりつけるまでに約1分
そこからカツを揚げる 約4分
そしてそこからダシ、薬味、ネギを入れ、揚げたカツを入れ卵でとじて2分
そして彼女はゆっくりと別の卓の牛丼を作り出す。3分
そこに厨房の若いバイト君が一言「○○さん!カツ丼焦げてるよ!」
彼女は表情を変えずに一言「これくらい大丈夫よ」
「いや、作り方はマニュアルで決まってるんだからさぁ・・・」
彼女は表情を変えずに「大丈夫大丈夫」
「いやでも・・・」
そして彼女はカウンターに座るボクのところに、その会話を全て聞いているボクのところにやってきてニッコリ笑い
「はい、カツ丼お待ちどうさま」
「あ・・はい、どうも」
カツ丼は確かに焦げている。写真では卵でとじた鮮やかなオレンジ色のそれであるはずが、トンカツとほぼ同じ色になったそれは例えるならば「残飯」。
そればかりか下のご飯は冷めている。そして何度も言うがボクは店員の会話を全て聞いている。「焦げてますがどうぞ」と言われてるようなものだ。
ふと見ると若いバイト君が不安そうにボクをチラチラと見ている。
「ふむ・・・」
ボクは見逃さない。齢70は軽く越えた彼女の名札に「研修中」の文字。
そればかりかこの大手牛丼チェーン店は50代くらいのアルバイトが2人、さきほどの70のプルプル婆、そして若いバイト君といったシフトなのである。
あきらかにおかしい。フレッシュさゼロ。
しかしボクに「はい、カツ丼お待ちどうさま」と言った彼女の笑顔はまるで「あら、アナタお昼ご飯まだ食べてないの?お母さんお留守なの?じゃあおばちゃんの所に寄ってきなさいよ。ご飯作ったげるわよ。」と世話をやいてくれているようであり、それは田舎で生まれたボクの周りで小さいころ当たり前にあった、都会では久しぶりの懐かしい「安心」を与えた。ニッコリといつも大丈夫と言ってくれているような。
「作り方はマニュアルで決まってるんだからさぁ」
700円を支払ってプルプル婆が作った残飯をパクつきながらボクが思っていたのは
(なぁバイト君、婆をイジメないでやってくれよな。な、ボクまた食べにくるからさ。君は若いんだから婆が出来ないぶん倍働いてやってくれよ。君がアルバイトで得た金を何に使うかは検討もつかないけどさ。どうせたいしたことに使わないんだろ?しょうもない服買ったり、何も実のない話でゲラゲラと笑いながらクソみたいに安い酒を飲むんだろ?だから君は変な太り方をしているし申しわけ程度の汚い茶髪をしているんだろ。だったら婆に力を貸してやってくれよ。確かにマニュアルはあるよ。チェーン店だからな。調理師免許だって必要ない。でも例えチェーン店にだって、大事なことはマニュアルでも衛生検査でもモニター採点でもない、もっと他の所にあると思うぜボクは)
「ごちそうさまでした」
「どうもありがとうねぇ」
プル婆はニコリと笑う
ボクが席をたって店内は残り3組+新規2組
「牛丼まだ来ねーのかよ!」
「は、はひぃ、ただいま!!」
若いバイト君の慌てる声が後ろで聞こえる。
・・・
それから
1ヶ月ぶりにこの牛丼チェーン店に訪れた。
「あれ?・・・あれ?」
発券機は新しくなり、店内は少し改装したようだ。バイトはフレッシュな20歳前後の若者であふれ店内には大きな声で「いらっしゃいませぇ!!」が響く。前までこの場所にいたはずのフレッシュゼロ
婆アンドおっさんバイトの姿が、ない。店舗の改装の機会に、戦力外通告されてしまったのだろう、、、
「カツ丼お待たせしました!!」
「はい・・・どうも」
(あの腕がプルプルおばあちゃんやおっさん、辞めちゃったんですか?・・・聞けるはずもない)
卵でとじた鮮やかなオレンジ色。おいしそうだ。
パクッ おいしい。そりゃそうだ。誰が作ってもおいしく作れるようマニュアルがあるのだから。
パクッ パクッ・・・
いや、違うんだよな。
ボクは残飯が食べたかったんだよ。(いや、言葉が足りなさすぎ)
ボクは勝手な話だけども、他人だけども、婆が頑張ってるか顔を見たかったんだよ。残飯でもなんでもいいんだよ。ご飯が冷えてたってなんでもいい。
「どうもありがとうございましたぁ!」
感じの良い店員の大きな声が響く
うるせーんだよバーカ ボクは二度とここへは来ない。ぜ。
・・・
・・・
同じような話だけど、家の近所にある優しいおばぁちゃんが働くコンビニエンスストアも最近改装してキレイになって、おばぁちゃんは辞めたと他の店員が。
まぁ、一人前も働けないなら辞めるしか他ないのだけどさ。
なんだか寂しいねぇ。
ボクも来週には、牛丼屋のことなんて忘れてしまっているんだろうけどさ。
まぁ・・・まぁ、なんでもいいのだけど。